バースデーワンダーランド雑感 -この美しい世界には「影」が必要だ-
たつき監督いずれ新作を発表するのであれば私も鍛えなければならぬ。
とにかく色々な作品を見て酸いも甘いも見極めなくてはいけない。
というわけで見ました「バースデーワンダーランド」
監督はクレヨンしんちゃん「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦」の原恵一
特に「オトナ帝国の逆襲」の方が自分は思い入れがある方だ
元々は原作ありの作品だが作品名が「地下室からのふしぎな旅」とう別名タイトルなので一ミリも知らなくても見れる内容だろう。
感想は一言でいうと美しい、とても美しい作品である。
絵や背景、どれをとっても緻密に書き込まれている。
しかし、美しい色彩だけなのだ、色が失われていく世界が舞台だが、この世界には「影」が足りない
良い点:美しい世界の連続、そして最後はジーンと来た
最初っから画力は凄まじい、アカネの自宅のシーン、庭の植物の絵の細かさが良い。
異世界への冒険が主軸なのでワンダーランド側の風景はどれをとっても素晴らしい
特に、砂嵐のシーンは秀逸だし、終盤のサカサトンガリの町は美しい。
物語の流れは悪くない、映画のため多少省略している部分があるがそこまでストレスは感じない、そして敵役のザン・グとドロポ、アカネの終盤のシーンは少し感動してしまった。
ザン・グとアカネは性格は違うけど、同じような悩みを持っており葛藤している、最後はお互いの思いが徐々に交差していく。
我々大人たちも同じような悩みを持っているのかもしれないそう思える作品にも見えた。
その表現を美しい絵で描き上げてくれた。
しかし、それだけで終わってしまったのである。
美しい色彩、細かい描写があったとしても魅せる工夫がなければそれはただのスライドショーになってしまうのである。
悪い点:ただ音楽を垂れ流したスライドショー
残念であるが音楽の使い方に関してはハッキリ言ってダメである、違和感しかない。
例えば、雑貨屋に向かうアカネのシーン
アカネはあることをキッカケに学校を休んでしまう、仮病と勘づいた母親は叔母のチィの骨董屋にアカネの誕生日プレゼントを取ってきてほしいと頼む。
どうして自分の誕生日のプレゼントを自分が?あの苦手な叔母の店に?
そう思いながらチィの骨董屋に向かった
ここで流れる音楽がリズミカルなのである、これはアカネの心象と合っていない、もう少し哀しみや怒りのあるトーンダウンした音楽にして欲しかった。
しかも音楽のみである、映像は美しいのはわかるが、風の音や雑音が欲しいところである。
終盤の車のシーンも良くない、中世ファンタジーの世界観なのにエレキギターの音楽はあり得ない。
スリリングな橋のシーンの方が良かったのではないかと思う。
叔母のチィのセリフや演技もよろしくはない。
アカネとは対照的に前向きで自由奔放であるためキャラは立っている、しかし、幼さが強すぎる、もう少し大人らしくアカネのことを心配してくれるような演技をして欲しかった。
特に最後の叫ぶシーンはもう少し必死さが欲しい。
そしてタイトルだ。
せっかく「バースデーワンダーランド」というタイトルがあるのに誕生日を想起させる描写が少なすぎる、誕生日らしいシーンがあったとしても一番最後だ。
とにかくもったいない。
画力は凄まじいのだがそれに見合う動かして魅せる技術が乏しい。
そのため世界観や物語に引き込まれない、せっかくの美しい絵なのに厚みが生まれてこないのである。
展覧会であれば、背景は美しく、描写は細かい方が良いに決まっている、訪問客もじっくりと鑑賞できる。
しかしこれは映画だ、展覧会とは違う、せっかく苦労して描き上げた美しいシーンも余韻に浸る前に過ぎ去ってしまう、どれも美しいため、すべてが眩すぎて全体がぼやけてしまっている。
まるでパソコンで音楽を聴きながら美しい絵のスライドショーを再生している気分である。
美しい色彩を際立たせるためには「影」が必要だ
「アッパレ! 戦国大合戦」よりも「オトナ帝国の逆襲」が好きなのは暗く汚い部分も描いている部分があるからだ(ラストシーンがハッピーだったのもあるのだが)
終盤のしんのすけが階段を駆け上がるシーンは徐々にタッチが崩れていき、汚い絵面でも必死さがすごく伝わっている。
また、ひろしが最後にチャコにセクハラするシーンも味がある。
昔が良いからと言ってオトナはやはり情けない部分あるのだというのが良い、さりげなくノスタルジックを否定している。
いくら昔のいい時代に戻っても悪い部分は変えることはできないのだ。
「バースデーワンダーランド」はどうだろうか?
美しく明るく多彩な色彩のシーンは多くが、暗い部分が少ないのである。
だからと言って、性格の悪い大人を出したり、残虐なシーンを描いてほしいわけではない。
人間的な生々しさが足りないのだ
せっかく小学生を主人公にしているのだからもっと本能的な表情を描いてほしいのである、あの監督は絶対それを美しく描けるはずである。
あの映画にアカネの哀しみ、怒り、車に揺られて気分が悪くなるシーンがあれば、描かれた背景がさらに美しく輝くはずだ。
感情に起伏があるからこそ、人物に厚みが出る、感情移入できる。
影は白を引き立たせる力がある、ぜひとも、次の作品では美しい「影」を見せて欲しい。